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2012年04月12日 (木) | 編集 |
清瀬市中里のカタクリを見に行ったあと
清瀬市の綾瀬川沿いに緑地や保存林がに残っていることに気がつきました。
新座市から以前住んだことがある清瀬市綾瀬川流域まで歩いて訪ねることを思い立ちました。

体育館周辺には野火止用水沿いの本多緑道が通り
運動公園や雑木の保存林があるので良い環境になっています。
桜並木では舞い落ちる花びらがきれいでした。

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桜の花びらが舞い散る中パットゴルフに興じる人達
なんか平和な眺めで良かったですわ〜

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新座市の広報で聞いていた菜の花畑もありました。

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桜が咲いていたときはさぞかしきれいだったでしょう。

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これが野火止用水の流れで本多緑道として桜並木も整備されています。

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野火止用水が開けたところに出てくると史跡公園があります。
家から北西に向かうところ緑道の緑を追って思わず南下していました。
ここまで来ると目的にしていた清瀬市は遠くなってしまっています。
公園の前の道は交通量も多く落ちつきませんがここで持ってきたお握りでお昼にして
今日の散歩は終了、家に帰ることにしました。

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史跡公園の敷地にはニリンソウやムラサキケマンなども咲いていましたが
場違いなスノーフレークの大株もあってきれいなんだけれどここにふさわしくないでしょ!

道路を渡った畑にはぽつんと鎮守の森におかれるべき社が建っています。
武蔵野台地には時々まだ鎮守の森と呼べるような杜がありお社も見かけますが
こんなにぽつりと痛ましく立っているのは始めて見ました。

120412587.jpg 120412580.jpg

明治以前は集落ごとに大小さまざまな神社があり、それぞれに鎮守の森がありました。
神社合祀令の施行により多くの神社が廃止されると同時に、
そこにあった鎮守の森は伐採されたそうです。

神社合祀は神社を行政村1つにつき1つだけに整理することにより、
土着の信仰を国家神道に組み込むために行われた明治政府の施策です。


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