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2012年11月18日 (日) | 編集 |
知人からおもしろかったよと聞いた日本民家園を半日歩いてきました。
江戸東京博物館のたてもの園は様々な建物が移築されていますが
ここは古民家の野外博物館になっています。

川崎日本民家園_map

日本民家園の入口に当たる本館で展示室を見学した後
通常ならばここから入場できる宿場のエリアが閉鎖になっていたので
信州の村から見学を始めました。

信越の村

旧山下家住宅
旧所在地 岐阜県大野郡白川村
指定 神奈川県指定重要文化財
建築年代 19世紀前半
飛騨白川郷の合掌造り。
もと川崎市の小川町にあって、観光料亭として活用していたものを再移築した合掌造りで、
2階には当地を中心として収集した生活用具類を展示しています。
1階は蕎麦などを食べられる食事処となっています。

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旧山田家住宅
旧所在地 富山県南砺市桂
指定 神奈川県指定重要文化財
建築年代 18世紀初頭
越中五箇山の桂集落から移築した合掌造り。
浄土真宗の信仰の篤い地方のため、立派な仏壇をもち、
さらに「仏間」をも有する間取りです。

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旧山田家住宅の側面を見ています。

奥に見える合掌造りは旧江向家住宅
旧所在地 富山県南砺市上平細嶋
指定 国指定重要文化財
建築年代 18世紀初頭

富山県と岐阜県との境に位置する越中五箇山の合掌造り。
豪雪地帯であることから柱や梁の材料が太く、
また屋根の勾配が急傾斜であす。

右は旧山田家住宅の壁

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旧野原家住宅
旧所在地 富山県南砺市利賀村
指定 神奈川県指定重要文化財
建築年代 18世紀後期

越中五箇山の利賀集落から移築した合掌造り。
梁は傾斜地で成長した根元の曲がった大木を用いています。
屋根裏の広い空間は、養蚕や食糧・燃料を蓄える場所でした。
中では機織りや竹籠編みの実演中。

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旧佐々木家住宅

旧所在地 長野県南佐久郡佐久穂町畑
指定 国指定重要文化財
建築年代 1731(享保16)

千曲川沿いの名主の住宅。降雪量の少ない地方のため、
柱や梁は比較的細い材料を使用しています。
東側の屋根は半切妻、いわゆる「兜造り」の構造となっています。

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関東の村

旧作田家住宅

旧所在地 千葉県山武郡九十九里町
指定 国指定重要文化財
建築年代 17世紀後半

九十九里浜の地引き網漁の網元の家。棟を別にする分棟型民家。
棟と棟との間には大きな丸太を2つに割って作った雨樋が設けられている。
居間の梁は松の曲材を巧みに組み合わせている。

旧作田家住宅の前には家の構造を学ぶための木組みや
杉丸太からちょうな削りで柱材を作る行程を見せていました。
また土壁塗り体験や釘とトンカチを使う工作教室などが開かれていて
子ども達の賑やかな声があふれていました。
今は大人でもなかなか自分で工具を使う機会がないですものね。
子ども達には道具と頭を使うチャンスをどんどん増やしてもらいたいですね。


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旧沖永良部の高倉

旧所在地 鹿児島県大島郡和泊町
指定 川崎市重要歴史記念物
建築年代 19世紀後半

太い4本柱の上部に穀物を収納する場所を設け、
ネズミ等の進入を防ぐようにしています。

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旧広瀬家住宅

旧所在地 山梨県甲州市塩山上萩原
指定 神奈川県指定重要文化財
建築年代 17世紀末

切妻屋根で、軒が低く、壁の多い閉鎖的な甲州民家。
土間には鳥居柱と呼ばれる2本の柱が立ち、
居間には板床を張らない土座形式の住まいが特色です。

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旧太田家住宅

旧所在地 茨城県笠間市片庭
指定 国指定重要文化財
建築年代 17世紀後半

作田家住宅とは異なった形の分棟型民家。
土間部分を釜屋と呼び、ここには馬屋も設けられています。
釜屋ではカマドの火を使っての炊事の他に農作業も行われました。

ここでは民具製作技術保存会による竹籠細工、わら細工、機織り作品の販売会が
行われていたようで時間が遅いためもう片付けに入っていたのが残念でした。

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神奈川の村


旧北村家住宅

神奈川県秦野市堀山下
国指定重要文化財
1687(貞享4)

解体移築の際、その材木から貞享4年(1687年)の墨書年号が発見された貴重な民家。
正面の格子窓、居間部分の押板や竹すのこ床など古い特色を持つわりには、
開放的な民家である。

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旧清宮(きよみや)家住宅

神奈川県川崎市多摩区登戸
神奈川県指定重要文化財
17世紀後半

家の正面を除き三方が土壁で塞がれ、
また格子窓が土間と床上境にも設けられているという
極めて閉鎖的な民家。
土間上部の小屋梁には、
曲材を巧みに用いて組まれている。

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旧伊藤家住宅

旧所在地 神奈川県川崎市麻生区金程
指定 国指定重要文化財
建築年代 17世紀末~18世紀初頭

入り母屋造りの農家。
正面の格子窓をシシマドと呼び、狼や猪などの獣を防ぐためのものだといわれている。
居間の竹すのこ床、1間ごとに立つ柱など古い形を持っている。

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旧蚕影山祠堂

旧所在地 神奈川県川崎市麻生区岡上
指定 川崎市重要歴史記念物
建築年代 1863(文久3)

養蚕の豊作を祈り、その神様を祭るお堂。
内部の宮殿の両側面には養蚕の神様である金色姫の苦悩の物語、
獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されている。

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旧船越の舞台

旧所在地 三重県志摩市大王町船越
指定 国指定重要有形民俗文化財
建築年代 1857年(安政4年)

志摩半島の漁村にあり、歌舞伎芝居などを演じていた舞台。
正面に花道、両袖に出語り、そして直径18尺(5.45m)の回り舞台を備えている。
回り舞台を回転させる装置は奈落に配置されている。

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東北の村

旧菅原家住宅

旧所在地 山形県鶴岡市松沢
指定 神奈川県指定重要文化財
建築年代 18世紀末

出羽三山の麓から移築した妻入り農家。
屋根の途中にハッポウと呼ぶ曲線の美しい高窓を有しています。
豪雪地帯の建物らしく内部へ直接に入れないように入り口にアマヤを設けています。

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旧工藤家住宅

旧所在地 岩手県紫波郡紫波町
指定 国指定重要文化財
建築年代 18世紀中頃

旧南部領に分布する曲がり屋。
主屋に対して曲がった部分は馬屋となる。
床上は上座敷だけが畳敷きで他は全て板の間、
天井は全て吹き抜けで、いわば建物全体が1室となります。

いろりに火を入れている民家が多くありました。
この作業もボランティアの人達の活動の一つです。
なかなかいい仕事ですよね。

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日本民家園が入っている生田緑園
昭和16(1941)年に都市計画決定された都市計画緑地ととても古い歴史を持っています。
現在は自然を背景に、岡本太郎美術館、日本民家園、伝統工芸館、かわさき宙(そら)と緑の科学館、
藤子・F・不二雄ミュージアム、ばら苑等の施設があります。

生田緑園には子供の頃に来た覚えがありますが
もちろんその頃にはこれほど多くの施設はありませんでした。
機会があれば他の施設にも寄ってみたいと思いました。


コメント
この記事へのコメント
おもしろ~い♪
こういう所に出かけると脳内トリップしちゃいますよね
17世紀とかって凄いですね~
日本でも民家レベルの建築物が存在してるのね~
現代の住宅ではきっと無理?
こう言うのが風土に合った建築なんでしょうね
2012/11/29(Thu) 19:12 | URL  | alchemilla #-[ 編集]
建物博物館大好き!
なので江戸東京たてもの園はお気に入りの場所でしたが、
ここもかなりの物です。
それも民家だけを集めているというのはすごいですよ。
アメリカではごく普通に100年物のタウンハウスなど残っていて良いなと思っていましたが、
手入れさえきちんとすれば日本の民家だって100年単位で生き残れるのです。
そして日本の民家の方が美しいと思います。
まだかろうじて全国に生き残っている古民家をなんとか次の世代に引き渡していくことが出来たらいいなと思います。
2012/11/30(Fri) 21:24 | URL  | アップル #9LpUWCrY[ 編集]
すごいっ(^^)
こんなところがあるんですね~!
なんか「東京なんたら展覧会」の跡地なのかと思ってたら、
日本の高度成長期の 昭和40年頃にここが出来たとか。。。
こういう場所を作って保存していて 本当によかったと思いますワ

とはいえ茅葺って、人が生活して囲炉裏で煮焚きして、煙を上げておかないと、
萱に虫がついて、その虫を食べに鳥が来て 鳥が虫探しするのに萱を抜いてくのが
屋根が傷む一番の原因らしいです。
なので そのボランティアさんの囲炉裏の火番ってのは 案外重要な仕事ってことになりますネ(^^)

こういう 茅葺民家もしかり 町屋の構造なんかも 昔の職人さんの知恵の宝庫ですよネ
2012/12/14(Fri) 00:34 | URL  | 0-chan #-[ 編集]
O-chan
囲炉裏の火番はボランティアさんの中でも
古株の年配者がやっているように思われます。
火を扱うだけにとても責任がある仕事ですし、何といっても人が集まる人気の展示場ですからね〜。
東京都にある建物展示では何処もいろりを生きた使い方をしていてとても良いな〜と思います。
金沢の文化財建築物ではせっかくのいろりがあるのに
火の用心から使えないことになっていて
ボランティアの人もとても寒そうでした。
2012/12/17(Mon) 20:46 | URL  | アップル #9LpUWCrY[ 編集]
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