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2012年11月10日 (土) | 編集 |
東京都の西、国分寺から世田谷方面にかけて、国分寺崖線(<ハケ>)と呼ばれる緑豊かな河岸段丘が続きます、
武蔵野台地を多摩川が浸蝕して出来上がったこの崖の連なりに沿って流れるのが野川です。
野川の水源となっている場所は数カ所ありますが
鬱蒼とした自然林に囲まれた「日立製作所・中央研究所」の構内の池から出てくる水量が一番多いようです。
日立製作所の庭は見応えのある庭園で春の桜の時期と11月の紅葉の時期年二回公開されています。
国分寺市の最初の源流の他に、殿ヶ谷戸庭園、
小金井市では貫井弁天のひょうたん池やその周辺、滄浪泉園、中村美術館横の泉、
三鷹市では野川公園、大沢のわさび田、
調布市の深大寺、「神明の森みつ池」などから、
今でも数多くの湧水が「野川」に流れ込んでいます。

20㎞に及ぶ野川を歩くだけでなく
周囲の景勝地や史跡の道も歩いてみたいと思います。
さっそく一番上流部で野川に湧き水が流れ込んでいる
国分寺跡周辺〜お鷹の道・真姿の池湧水群を歩いてきました。

駐車場が西国分寺駅の方には見あたらないので
国分寺の駐車場に車を置きJR中央線で一駅国分寺まで戻り史跡通りを歩き始めました。

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昭和48年の西国分寺駅開設から、地元の方々が史跡公園に通ずる道路であることから、
史跡通りと呼ぶようになった」 とのことです。
交通量の制限や違法駐車の対策も取られ緑の保全にも力を入れた道路となっており
生活環境の整った地域を作り上げるのに一役買っていると思います。

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住宅地にある武蔵台遺跡公園
都営府中武蔵台アパートと言う今の集合住宅を建てようと工事を始めたら
4千年前の集合住宅の跡が出てきたらしいです。
この遺跡からは竪穴式住居の跡のほか
柄鏡形敷石住居跡が見つかり 残されています。
 
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武蔵野線の線路沿いの高台は武蔵野の雑木林の中で切通しの下り坂になっています。
旧鎌倉街道上の道の切通しが残されています。
道の両側に鬱蒼とした草木が生い茂っていて、
他の場所よりも薄暗くひんやりとしていました。

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旧鎌街道を先に辿るとは広い空間になっていました。
この辺りが国分尼寺跡で史跡公園になっています。

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741年、聖武天皇の詔によって、国ごとに官寺が建てられました。これが国分寺です。

オリジナルの国分寺は焼失した為に江戸時代になって再興されたものです。


国分寺仁王門は宝暦年間(1751~1763) に建立された入母屋造の八脚門。
門の左右には阿(あ、口を開いている)・吽(うん、口を閉ざしている)、
二体の仁王像(享保3年(1718年) 建立)が安置されています。

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国分寺薬師堂、本尊の木造薬師如来坐像は国の重要文化財に指定されています。
右は薬師堂前の鐘楼

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国分寺境内には万葉植物園があります。
万葉集に歌われている約160種類の植物を例歌と伴に展示されています。

楼門の先から「お鷹の道」の遊歩道が続いています。

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国分寺崖線から流れ出た湧き水を水源として小川が生まれ、その小川沿いに遊歩道が作られています。
江戸時代、国分寺付近は尾張徳川家のお鷹場だったことから、この遊歩道はお鷹の道と名付けられています。
このお鷹の道は、国分寺市が昭和47~48年に、遊歩道として整備したものです。

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現国分寺の東側の敷地一帯が史跡指定され、市立歴史公園として整備されました。
そのうち、お鷹の道の北側が「おたかの道湧水園」という有料公園施設となります。
園内北側は国分寺崖線にかかり、豊かな自然環境が残されています。
また、園内には市内でも貴重な歴史的建造物である
市重要有形文化財の長屋門(江戸時代後期)と倉(明治時代)が残されています。
水路をはさんで南側の「史跡の駅」で入園券を買って入ります。

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湧水源の観察ポイント。自然の儘に観察できるよう守られています。

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園内には形の良い紅葉などがよく手入れされています。

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武蔵国分寺跡資料館には史跡武蔵国分寺跡の出土品を展示してあります。
ブラタモリでタモリが訪れたときに紹介された出土品が紹介されていました。

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湧き水の流れる小川から国分寺崖線(はけ)までは大きな敷地の農家が並び自然林が保たれています。
その農家は本多姓がほとんど。
本多家の先祖が切り開いた土地なのですね。

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この辺りのわき水は真姿の池湧水群と呼ばれ、昭和60年当時の環境庁から、名水百選に選ばれました。
昔、不治の病に冒された玉造小町と言う美しい姫がこの池の水を浴びたところ、
病が治癒したと言い伝えられているのが、この真姿の池で真姿弁財天が祀られています。

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農家の入口には直売所が設けられて色鮮やかな野菜や柿が売られていました。
ちょうど木の陰に隠れていますが土蔵には本多姓の文字がくっきりと。

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川海老の姿にはしゃぐ子ども達や
ペットボトルに名水を溜めて帰る人たちの姿を見かけました。
湧水は野菜洗いにも使われています。

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湧水が丁度わき出ている場所、はけと呼ばれる地形を上にあがって眺めてみました。

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ここからは国分寺駅まで歩いてわずかです。
殿賀や庭園は次回に訪れることにして
駅間近にあるパーキングに留めた車で家に戻りました。







コメント
この記事へのコメント
画像を見てると現代の生きた生活空間だとは思えませんわ~
↑のようなテーマパークっぽい所かと思っちゃいます(;^^A 
アップルさんが出かけるところって
ホント不思議な日本の今の面白さを感じます
こう言うのが無い北海道ってつまらないのよね~
何となくどこも画一的で・・・・
それとも感じ取る感性の問題なのかしらね~(^^ゞ
2012/11/29(Thu) 19:08 | URL  | alchemilla #-[ 編集]
歴史的風土を歩く楽しみ
中高年になってから歴史的景観を歩くことのおもしろさに目覚める人が多いらしく、
関東エリアでは何処へ行っても一寸した歴史的景観が残る土地ではカメラを提げたおじさん達と良く出会います。

確かに関東地方は歴史的遺産には恵まれていますね。
でも建物だけが残っていてもその文化を育んできた風土が伴っていなければ魅力も半減します。
最近の里山保護や雑木林の管理などの活動はそんなことに気がついた人達の熱意で支えられているようです。
2012/11/30(Fri) 21:16 | URL  | アップル #9LpUWCrY[ 編集]
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